――フォーク・キルトゥ。
暗闇の中、立っているのかもわからない空間で、フォークは見えた己に、目を見開いた。
「え――? ぼく?」
全く、一寸も違いのない――茶髪に土色の瞳の少年とも青年とも言える人。
「赤の宿命を宿しながら、お前は、一般人としての夢を追うんだ」
「悪い?」
くつくつと、赤い長剣を右手に握りしめた彼は嘲笑った。
「この国は、治安が悪いのはわかってるのか?」
「そりゃ、ニュースで見る程度にはわかってる」
声帯が震える。
「新たな宿命が目覚める前に、今みたいに平和ボケしてお人好しなままなら、死ぬよ?」
ふっと、もう一人のフォークは、宝石でできたような赤い長剣を正眼に構える。
「フォーク・キルストゥは、二人いらない」
「ん、なにそれ? きみも、ぼくも、一緒だよ」
対峙しているのだ、二人と言い切るのもわかる。
が、フォークは敵対の意識を持つ彼も自身だと言い切った。
そして夢だとわかっていても、殺そうとする意思に怒りを隠さずにはいられない。
「そいつをみても、か?」
いつの間にか、手には赤いナイフが二つ、手の内に握りしめていた。
「この旅を選んだ時点で、もう人生が数年もたたないうち終わることは決まってたんだよ、フォーク・キルストゥ」
「きみには未来がわかるっていうの?」
長剣の宝石剣を突き出したフォークの瞳はどこか、哀愁を漂わせて揺れていた。
「赤の宿命の力を、リタルによって最大限以上に鍛えられた。下手な攻撃ではきみを超えられる人はいない」
「え? ぼくってそんなに強くなっているの?」
驚きに目を見張る。
相対する夢の中のフォークは、ほくそ笑む。
「銃弾をかわすなど、神話の英雄ならできただろうが、現代人ができる限界を超えているんだよ」
「む……」
「今なら、この旅を止める。引き返して、学校で、レジーナで生活できる。それなら十年以上は生きられる可能性は高い。最善手だ」
「どうしてそう言い切れるのさ?」
「一日目でトラブルに巻き込まれただろう? それだけで感じないのか、きみは」
「う……自分に説教されるってなんか嫌だなぁ……」
わかっている。地方は治安が悪く、あちらこちらに犯罪組織が拠点を作っている、なんてことは。
夢の中、フォークはそれでも、と口を動かした。
「たとえぼくでも、先輩のためにも、守ってくれてた人たちのためにも、料理人っていう夢を叶えてみせるよ」
「ほう……では、運命は、悲劇をうたう」
意味不明な言葉に、言及しようとして、フォークは口が動かなくなった。
呼吸はできるのに、声は出ず、なにがなんだかわからないまま、目の前が暗くなっていく。
「きみのためにできる範囲のことは、手を貸そう」
そう言葉が届いたが最後、フォークの目は暗い天井を見ていた。
見慣れない天井だが、見たことはあるな、と記憶の糸をたどる。
「あれ、は?」
驚きにベッドから落ちそうになり、慌てて足音を消してベッドに戻る。
星。ビーズを散りばめたような空に瞬く星は、恨みを残して死んだ人間を、魔として蘇らせることがある。
ファンタジーみたいな話だが、それのせいで、失った人がいる。
書き換えられた記憶。でもそれは、一部の人間や紙には通用しなかった。
今は遠い国にいる、あの人は、そのことを知らないままだろう。
そしてあの人がいなければ、フォークのいまはなかった。
もう呼べないと約束された名。ウィンストンが横のベッドで寝ているから、呟きたくても、呟けない、大事な人の名前。
それを思うと、あの夢の自分に腹が立っていた。
と同時に、なぜ夢の中で長剣を構えていたのか、首をかしげた。
夢の中とはいえ、フォークは長剣を持ったことすらないのだ。
そして――。
「フォアさんが、いなかったら――駄目だったと思う」
唯一無二の奇跡。二度と起こることのない現実。
そう教わって、守られてきた。
――叶えたい夢のために、頑張るのは生者の特権じゃないか?
シーザライズの言葉が、リフレインする。
本来なら生きられなかった彼を、フォアを維持するということで特異能力を制御し、今は世界と繋がった人。
一緒に来てほしいなんて、忙しかった彼を見てると言えなかった。
だからまずは、フォークは自分にできることをすべきだと気合いを入れる。
常人を遥かに超える神にも引けを取らない力。赤い宝石剣。魔を祓い、殺すための技術。
守るために必要な力。
でもフォークは思う。
師であるリタルも言っていたではないか。
行き過ぎた力は、身を滅ぼす。
本来なら、身につけるべきではなかったものだ、と。
でも、フォークくんが相対する相手、魔は人外の力で人を襲う同じような化け物です、と。
もし、レジーナを離れるようなことがありましたら、準備もちゃんとしないといけませんよ。
そう言って笑った黒髪黒瞳、さっきの夢みたいな闇が似合っている師も、宿命の代わりになってくれている。
だから。
「――どうか、誰も死にませんように。そして、祓うことがありませんように」
祈るように、フォークは上半身を起こして、外の星に願う。
それ以外に、できることなどないのだから。
朝はあっという間にやってきた。
「ん……」
ウィンストンはベッドのシーツをはがしながら、上半身を起こす。
「あれ、フォークいない……またランニングか?」
昨日のことを振り返り、空のベッドを見て小さく息をつく。
「しっかし、勉強し直すのも大事だな」
着替えをしながら、昨夜を思い出し、思わずウィンストンの頬は緩んだ。
「さて、今日はここの崖の奥に行けるか、大勝負だな」
荷物をチェックし、部屋のルームキーを手にウィンストンは出ていく。
「あ、先輩、お早う!」
「遅いわよ」
「おはよう~」
最後だったことに、ウィンストンは目を白黒させた。
「あはは、時計あってないんだって。でも、疲れてたのね~」
「えっと、もしかしてオレが一番最後に来たの?」
「うん。旅の疲れもあるから無理に起こさない方がいいって思ったんだ」
「その親切はありがたいが、今度からは起こしてくれていいぞ」
ウィンストンの言に、セプテットは車椅子に座りながら目を細めた。
「体調は万全じゃないと、もしもの時困るからね」
「ふふっ」
ウィズベットが微笑みながら年下の三人を見る。
いや、セプテットの本来の年齢はわからないが、見た目はウィズベット自身のほうが上なのだ。
「皆無事揃ったことだし~、お腹も空いてきたから食堂へ行きましょう~」
と、セプテットの重い車椅子のハンドルを握っていた記者は、くるっと回ると廊下を進んでいく。
「なんか、悪かった」
「ぼくなんてさっきランニングしてきたばかりだったから、タイミングよかったよ先輩!」
フォークはぶんぶんと手を振りながら、ウィンストンとともに宿の食堂へ向かって歩く。
「朝食、なんだろう?」
楽しみだーとオーラを放つ彼に、先輩はオードルとの会話を思い出す。
「この地方でしか取れないものを食べれるって言ってたかな」
「わあ……それはすごく楽しみっ!」
わくわくがとまらないーと言うフォークに、ウィンストンは口にチャックをした。
食堂についてわかったが、宿泊客はフォークたちだけではなく。
「昨日と違って、それなりに人がいるわね」
セプテットたちは、食堂を見て定食を頬張る人たちに面食らった。
ひょいっと、今朝の料理と書かれている看板を見て、ウィンストンが感嘆の声を出す。
「この辺の郷土料理と、レジーナで流行ってる料理をアレンジしたものを出してるんだな」
あら、珍しいわね~とウィズベットは楽しげに手を打つ。
「ああ。皆アレルギーはないだろ?」
「好き嫌いはあるけどね」
そっけなくセプテットはきょろきょろと辺りを見回す。
「軍人は一見いないわね」
「そうそういて欲しくないかな」
フォークの軍人嫌いは、経験に基づいたものだが、セプテットは気にせずに笑う。
「まあそうね。詰め所ならいざ知らず、プライベートでしかこんな辺ぴなところにはいないわ」
「お、一番最後に来たんだね、お早う、元気な四人組さん」
言いながら、食道から顔を出したオードルはそれぞれに挨拶をする。
フォークと似た背で、にっこりとした表情も昨夜とは変わらなかった。
厨房には誰もおらず、オードルはすでにフォークたちの朝食だろう定食を用意してくれていた。
「おはよう、ウィンストンさんたち。体調は大丈夫かい」
「はい、その、昨夜はありがとうございました」
ぺこりと頭を下げる一同に、オードルは止めてくれと手を振った。
「宿の主人としてやるべきことをやっただけだから」
「でも、無茶を言ったのはオレたちですし」
「それでも、だよ」
大人の笑みを浮かべられ、不意にウィンストンたちは目を丸くした。
「お客さんをもてなすのは当たり前の仕事だからね。それに、今朝の分はきみたちで最後だ。ゆっくりしていってくれ」
と言葉にするが早いが、席まで案内する。車椅子一台が入れる入口近くに案内された。
質素だが、誰でも問題のない量の定食がお盆にのって並べられていた。
「わあ、唐揚げにサラダにパックの牛乳だー」
「なんだか軍の配給を思い出すわね」
セプテットの言葉は、けど、と続きがあった。
「味はそれよりも良さそうね」
「うんうん、香りからしてハーブも使ってる料理があるわね~」
セプテットを席につかせてから、ウィズベットがサラダと唐揚げを見て呟く。
「口に合わなかったらごめんよ」
「絶対そんなことないですよ」
ぽん、と胸に手を当てて、ウィンストンとフォークは目を輝かせながら席に着いた。
二人ずつ横に並んで対面になる形で座り、空きっ腹にはちょうどよく胃袋を刺激される定食だった。
ただ、ご飯が白米ではなく玄米もまざっている。
「いただきます」
誰ともなく、声が重なりながら、各自サラダやら色の付いたご飯に手を付ける。
「ん、おぃひぃ」
「口の中のもの飲み込んでから言え、フォーク」
「唐揚げの肉汁が、じゅーしーなのに食べやすいー」
「下準備がいいんだな。教えてもらいたい」
「ウィンストン。気持ちはわかるけれども、私はこの後軍の詰め所に寄るから」
「ん、軍人さんなのかい? その」
失礼だと気がついたオードルが、続く言葉を飲み込む。
「いえ、誰でも抱く疑問ですから、失礼かもとか思わないでください。怪我ではないので」
「あの足蹴りは下手な銃弾よりも凶悪だよな……」
ウィンストンが呟くのを聞き逃さなかったのは、ウィズベットだけだった。
命拾いしたわね~と彼女は思いながら、ごゆっくり、と頭を下げるオードルを見る。
「あの、どこで料理修行とかしました~?」
記者の習性ゆえに、自然とその問いがウィズベットの口からこぼれ落ちていた。
サラダの千切りを頬張っていたフォークも、手を振る彼に視線を向ける。
「大したことなんてしていないよ。母と結界内にいる料理が上手い人がいてね。彼女たちから毎日なにかしら作るものを教えてもらっていただけさ」
「ウィズベット、詮索はそのくらいにしておきましょう」
「そうね~。すみません」
「いえいえ、あの、失礼ですがご職業は?」
オードルの視線に、ウィズベットは長く編んだ黒髪を揺らしながら。
「料理記事を書いてるの~。まだまだ素人みたいなものですけれどね~」
そう言って片目を瞑るウィズベットに、オードルは納得したと手を打つ。
「取材なら、喜んで受けますよ。宣伝にもなりますしね」
「でも、けっこう繁盛してるようにみえますけど」
ウィンストンは室内の規模を考えて、先程食べていた人々ひとりひとりを思い浮かべながらオードルを見る。
「料理目当ての人くらいなんですよ、ここに来る人は。一般の方はあまり来ません。ホテル街に行かれる方のほうが多いですからね」
満面の笑みを浮かべ、そしてオードルは目を閉じる。
「駅から近いだけでは、華やかなホテル街には負けるものなのですよ」
「じゃあ~。記事にしていいかしら? ここのことっ!」
どこからかメモ帳を取り出すと、オードルは目を丸くした。
「記事は一時的な効果しかないでしょうけれど、この味を食べれないのは勿体ないわ~」
そうして、ウィズベットはオードルを上目遣いで見やる。
「いいものを広めるのは記者の役目の一つだし~」
「でも、その……素人料理みたいなもの」
「じゃあ、この町の料理ツアーとかで、いろんなお店と食べ比べしてみたらいいんじゃないかな!」
ランニングの日課のせいでお腹が空いて、すぐに食べ終わっていたフォークが、目を輝かせて乱入した。
オードルは右手で額を拭うと、問いをのせたウィズベットの瞳を重ねる。
「勝ち目ないですよ」
「郷土料理なら、いけるとおもうぞ」
ウィンストンが口を開き、まるで勝利を確信して告げる。
「昨夜の料理がチェーン店で出してる料理に負けるはずがない。あれはここならではの料理になる」
「ですが、量には限りがありますし……」
「数量限定って言葉、弱い人多いのよ~? どう? 記事にさせていただけないかしら?」
参ったな、とオードルは息をついた。
「なら、結界内の料理も覚えていただかないとなりません」
「これより美味しい料理でもあるのかしら?」
やり取りを黙って聞いて、食べ終えたセプテットが問う。
「母たちの料理は古くから伝わるものも多いんですよ。郷土料理と言ってもいい」
はたから聞いていたフォークは、上手くはぐらかしたかのように聞こえて、首をひねる。
が、気付いていないセプテットたちは、オードルとの会話を続けた。
「なら、結界に入れば知ることができるのね」
口を挟んだセプテットに、オードルは言葉を濁しながら頷いた。
「ええ。ですが――あれは、十年以上生きられる人しか中には入れないんです」
苦々しく、彼は俯く。
「その様子だと、出る時も似た条件があるのね」
「ちょっと、セプテット」
ウィンストンが冷ややかに告げた彼女をたしなめようとして、いえ、と彼は微笑む。
「基本的に同じ年数を生きてる人しか、外には出られません。もし結界の中で死亡してしまっても出られますが、そもそも九年などだと出られません」
ふと、フォークは夢の出来事を断片的に思い出し、自然と口からそれが出た。
「年齢は関係ないんですか?」
「ええ」
それを聞いて、フォークはなんとなく引っかかるものを覚えた。
「性別も関係ないのかしら~?」
ウィズベットが頬を撫でながら尋ねると、オードルは首を縦に振った。
「中で死なない限りは大丈夫って話ですよ」
「でも、どうしてそんなものがここにあるの?」
「いいところに気付いたね。なんでも、まだエルニーニャ王国ができるもっとずーっと前に、異国の人が作ったとされてる」
「そうなの?」
「うん。詳しいことは、結界内でずっと生きてる生き字引の人がいるから、その人に聞いてみるといいよ」
オードルの言葉に、一同はふむふむと納得した。
「じゃあ、荷物をまとめて今度こそ結界の中に入らないとね」
セプテットが場を締める。
「うんっ! どんな料理が待ってるのかな?」
フォークが皿を置いて、満腹になったお腹を叩く。
「ところでフォーク、お前ちゃんとこの料理の感想書けよ?」
背後から突き刺さった言葉に、逃げる気満々だった茶髪の少年は動きを止めた。
アホ毛が二本、ピンっと立ち、忘れたがったがように作り笑いを浮かべた。
そんな彼を無視して、それぞれオードルの定食を食べ終える。
「ごちそうさまでした」
「わざわざありがとうございました~」
オードルにそれぞれ言葉をかけると、彼は苦い顔をする。
「本当ならもっと美味しい郷土料理を出してあげられたら良かったんだけどね」
「昨夜の料理でも十分過ぎました!」
ウィンストンが幼い子どものように目を輝かせて立ち上がる。
「結界の中でいろいろ教えてもらえたら、またここに戻ってきますね!」
快活な笑顔で手を差し出す彼に、オードルは瞬きをする。
そして、口元を緩めると、なにか吹っ切れた笑顔を浮かべて、待ってるよ、とその手を握った。
「うーん、セプテットちゃんは偉いな―」
車椅子をフォークが押しながら、オードルのいる宿から出て、露店が立ち並ぶ道をゆく。
目指すは、軍の詰め所へ向けてフォークら四人は歩いていく。
「当たり前のことよ」
一刀両断して会話を遮ると、ウィンストンが嬉しげに釘を刺した。
「長話するなよ」
「ふつうはならないから。挨拶だけよ」
横を歩くウィンストンに対し、セプテットは目を閉じて告げる。
「先の場所が異常だったのよ。……レアケース」
「だよな! どこでもあんなことがあったらたまらんぞ、オレ」
「そうよね~」
のんびりと、ウィズベットが頷く。
「でも、エルニーニャ王国って、けっこう危ない所も多いからね~」
「大丈夫! 先輩のことはぼくが守るから!」
そう言うと、茶髪に二本のアホ毛を揺らして、フォークが胸を張って笑った。
「いや、あのなフォーク。お前守られる方だからな?」
「ふっふっふ。こう見えても鍛えてるからね!」
ぶいっと片手をハンドルから離しながら自信満々に微笑む。
「その前に、ちゃんと勉強しないといけないわよ、あなた」
「ああ。この二日間でフォークの勉強からの逃げたさはよーくよーくわかったからな」
ざくざくと胸を刺す言葉に、フォークは悪夢を見たように顔を背ける。
「えーと、そう、ですね」
「あらあら、体力も重要だから、そっちは合格点ってことよ~」
自信もたないとね、と、ウィズベットが黒瞳を細めた。
ずーんと肩を落とした彼のことなど気にもとめず、セプテットは自力で車椅子の車輪を回す。
「とりあえず、馬鹿話してないで軍の詰め所に行きましょう」
「おう。セプテットの言うとおりだもんな」
「うーん、はい、勉強……頑張る……教科書、嫌い」
「最後に本音が出たな」
「出たわね」
と、ウィンストンとセプテットの茶髪のコンビが呟くと、おかしそうにウィズベットがくすりと笑みをこぼす。
「と、ところで遠くの崖、すごい高いね」
「夕方はあまり気にしなかったけれど、ここってすごく目立つと思うのだけれども」
なのに、気にならなかった。
「不思議な力が働いてるのかな?」
フォークが感想を述べる。
「ふーん、西部の初期遊撃隊隊員がやってきたとは」
聞き慣れない男性の声に、セプテットたちは顔を向ける。
ワイシャツ姿に、右肩に制服をかけて、背の高いヒゲを生やした男が笑っていた。
「誰?」
「挨拶に来たんだろ? 前も来てたからな……」
「会ったことあったかしら?」
セプテットが車椅子に腰掛けたまま、首を横にかしげた。
「隊長さんには恩がある。それと、西部の制服で車椅子っつったら、あんたしかいないだろ?」
片目を瞑って、親しみあるウィンクを浮かべた。
「有名っていうのも問題があるわね」
「でも年齢に対して若すぎる気がするんだが――」
「そこは気にしないで」
ぴしゃりと殴るようなセプテットの言の葉に、彼は首を縦に振った。
「わかりました、お嬢様」
「その呼び方はやめて。今は仕事中よ」
「ふーん、仕事、ね。この中で一番年上な君なら、うまくやれるだろうね」
気障ったらしく前髪をかき上げて、彼は四人を見つめた。
「ここは国ができる前からあるっていう観光スポットさ。まあ、たまに死体で出てくるやつならいるけどな」
「たしか、寿命が関係するんでしたっけ?」
ウィンストンの問いに、彼は楽しげに頷いた。
「ああ。このへんのやつらは、それがわかっているから普段は近づかないんだ」
「でも、出店はあるのね」
淡々と、セプテットが突っぱねる。
「毎日お祭りみたいな場所だからな」
にっこりと清涼感あふれる笑みに、彼女は訝しる。
「十年生きられることが確定してる人以外は通ることができない結界があると聞いたけれど」
セプテットが慎重に尋ねる。
「ああ。たまにそこに入ってくる観光客と、そこに入れない奴らのための出店さ」
そしてバスでの観光も多いんだよな、と男軍人は笑う。
「無事に十年は生きられる人しか出ないからかしら~?」
「黒髪のねーちゃんはわかってるな」
軍人は黒い瞼を伏せると、吐息をついた。
「中は楽園とか言わないわよね?」
セプテットが在住中の男の軍人に目を向ける。
「さあな。中に入ったことがないからね。でも、概ね二つの感想に分かれるけどさ」
言いながら、彼は親指を立てて、崖へ向ける。
「まあ、行ってみりゃわかるさ。あそこの管理は軍人じゃなくて、代々続く巫女の役割だからな」
詰め所の謎めいた軍人は、口元を怪しく緩めた。
「巫女?」
「東の国にある職業の一つよ」
セプテットは言いながら、唇に指を当てて俯く。
「危険なのか?」
「神様を祀るのがお仕事のはずよ」
ここにいるのはおかしい。
神様。フォークの想像通りなら、魔でもある可能性が高い。
それとも、そこを作った存在のことなのだろうか。
険しい顔になるフォークの背中から、のんびりとした声がした。
「ああ、たしかなにかの記事で読んだことあるわ~」
ウィズベットが記憶を検索するように、頬に指を当てて――。
「ずーっとずーっと昔。あの壁は人ならざるものを封じるため、遠い国から来た巫女に結界で封じられた」
「結界……」
ウィンストンの呟きに、軍人の男は行ってみればわかる、と一同を見る。
「まあたいていの人は出入りできるから、観光スポットなんだがな」
そこで軍人の男が困ったように眉根を寄せた。
「もし入れなかったら、また町に戻って来るといい。……視察だろ?」
「違うわ。郷土料理の研究のお手伝い」
車椅子のセプテットが告げると、彼は吹き出した。
「あははっ、お前、それ軍に頼むことかよっ!」
腹をかかえて笑い出す。
「ちゃんと金払われてる仕事なの。わかる?」
「そうなのよ~?」
「へぇ。まあ、行くなら巫女によろしくってな」
彼はひらひらと手を振ると、背を向ける。
フォークには、大きな背中に見えた。
今まで深淵も見つめてきた――師に似た空気が読めて、敵に回さないようにしよう、と思った。
「あ、あと。ここはけっこう広いから、詰め所だが人いない時あるから。気いつけろよ」
四人を取り残すように言葉を残し、まるで嵐のような男の軍人は中へ欠伸をしながら入っていった。
セプテットは、その後姿を睨みつけた。
「嫌な男ね」
「知り合いなのかしら~?」
「名前は知ってるけれども、呼ぶのも嫌な奴よ」
「同僚なのか?」
ウィンストンが尋ねると、セプテットは髪をかき上げると敵を見るような目で閉じられる扉を見る。
「優秀な軍人よ。一時、西司令部にいた男。人も平気に殺していたけれど、病院の毒殺事件解決で中央司令部に異動になった男」
こんなところにいるとはね、と吐息を吐いてセプテットはフォークの手の甲に触れる。
「挨拶はしたから、行きましょう」
「いいの~? 一人だけしか会ってないのに~?」
「ええ。あいつ嫌いだもの」
はっきりと宣言した茶髪の少女は、もう軍の詰め所を見ず、遠い崖をじっと見つめていた。
「あそこの奥に、いたんだよな、オードルさんの親御さんたち」
「そのはずね」
ウィンストンはうずうずと荷物を背負い直して、びしっと人の目も気にせず指差す。
「それじゃあ、行こうか、セプテットちゃんもいい?」
「中に入れたらいいけれどもね」
淡々と告げるセプテットは、自身の寿命なんて決まってるものではない。
様々な事件を思い出しながら、セプテットは動き出した車椅子に深く腰掛けて、フォークに崖への道を押してもらった。
軍人たちが出払い、一人っきりの男の軍人は、鍛え抜かれた観察眼で先程の四人を思い浮かべる。
適当に作ったインスタントコーヒーを手に、簡易の医務室や会議室を通り越して、給湯室から出て一口、含む。
「寿命の死がいつ来るかはわからないけれど、あの少年は、近いうちに死ぬだろうね」
茶髪に二本のアホ毛を生やした、車椅子を押す少年を思い返す。
暗部の諜報員の彼は、目を伏せた。
賑やかな出店の音が聞こえる自分の席に座り、瞼を軽く閉じる。
「死の気配が濃すぎる。まあ、セプテットなら――悲しむかねぇ」
他の二人は分からないが、フォークとセプテットのことは知っていた。
「ベルドルード家から話には聞いていたが――死神に微笑まれてる雰囲気があるからねえ」
ふつうの観光や人間、そして――死にぞこないの星に魅入られた者なら、気にしない。
が、彼は本来この道を歩むべき者ではないのだ。
いや、首都レジーナにいれば問題はなかった。
「フォーク・キルストゥ。ツキ・キルストゥの弟にして記憶操作を弾けた者」
本来の役割を見捨てた、自身みたいな者。
諜報員として、この結界の町に来たら大総統に報告しろとは言われていたが。
「セプテットがいるから、大丈夫だとは思うが――星に魅入られた魔を祓い続けた怨念からの嫌がらせ、なきゃいいな」
報告する気分ではない、と彼は雑に上官の指示を放棄した。
なにせ、十年生きるには、キルストゥの姓はあちらこちらと恨まれ過ぎていたのだから。
それは、レリアの件もあるが、それ以前からあったことで。
この程度は基礎知識だと、諜報員の男軍人は椅子に腰掛けて、ぎぃっと音を鳴らす。
「しっかし、セプテット、律儀だ。西部の連中もあいつを使い潰したいわけだ」
と、彼は瞼を閉じて一度入ったことのある結界の中を思い出し、苦笑した。
「舗装された道と、砂の道があるね」
「車椅子は舗装された道を通ってほしいわね」
車椅子を押すフォークに指示を飛ばしながら、セプテットは前を行く。
その後ろで、期待に胸が膨らむウィンストンとウィズベットが並んでいた。
結界のある崖までの道は一本道にアスファルトで舗装されていた。
車椅子でも全然問題なく、配慮されているのだろうか、とセプテットが訝しむくらいだ。
「わあ……高い崖だね」
見上げても、犯罪者が逃げ出せないだろうくらい天を貫く高い円形状の崖が見渡せるところまで、四人は着いた。
岩肌をむき出しにした崖に、木製の荷馬車程度なら通れる大きな膜がある。
「わあ……本当に漫画に見るみたいな結界みたい」
「あれが、結界?」
興奮するフォークに対して、薄っすら水の膜のようなそれに、セプテットは疑惑の声を落とす。
そこを守るように立つ黒髪に黒と白が混じったレジーナでは見慣れない衣装の少女がいた。
「あれが、巫女?」
歩いて近づけばわかる。
黒と白、ゴシック調にも見える巫女服をまとった、なぜか長い木製の箒を持った少女だ。
「あれが、聞いてた巫女さん?」
フォークはまだ遠くて表情が見えない彼女について、感想を述べる。
「でしょうね……巫女服とは……中は神社にでもなってるのかしら?」
セプテットが首をひねりながら、目を細める。
「あの古びた膜を守ってる? 一人で?」
「ふむふむ、読めたわ~」
と、ウィズベットが笑みを浮かべて周囲を見渡す。
「石碑があるわね~。これを見ればわかるって感じよ~」
「ん、なになに?」
風化していても、文字ははっきり読める。
その前で、四人は立ち止まる。
それを、ゴシック調の巫女服をまとった少女が睨むように見つめているとは、知らないまま。