昼下がりの、町中だった。
「大丈夫?」
チンピラたちを、剣を数回振っただけ。
それだけで蹴散らした細身の女性は、自身を傭兵だと名乗った。
急ぐあまりタクシーも呼ばずに走ったのが、彼の失策だった。
彼は、差し出された手を握り、はい、と礼儀よく答えた。
新品だったスーツは砂だらけで、これでは会議に出られない。
彼女もエルニーニャではあまりみない、軽鎧をまとっていた。
しかしそれでも、その身の美しさは減ることはなかった。
「まったく。ここはなよなよしてる男が多すぎよ」
「すみません」
「あ、別にあなたを責めたわけじゃないんだけど。ところで――」
彼女はキルストゥと名乗っていた。
どこかで聞いたことがあったけれど、親が傭兵で、自分もあとを継いだのだ、とか。
両親も放浪癖があり、それを受け継いでいる、ということ。
それで、たまたまエルニーニャへやってきた、とのこと。
広い国土を巡っていて、悪人退治をして回っているのだと喜々として語った。
彼は、それを聞くと別世界に生きている人間なのだな、と感じていた。
軍社会とはいえ、親が会社の社員であり、そのあとを追った自分。
けれども。
それでいいのかと、自問することも増えていった。
だからこの出会いは偶然なんかじゃなく。
運命だったんだと。
そう思っていたかった。
だから、最期がどうであれ、後悔はない。
ほかの身近な女性よりも、精力的で魅力的な彼女に惹かれたのは自然だったのだ。
これを逃せば、きっと。
何よりも、後悔する。
アタックは自らで。
どこか挑発的に笑う彼女が、とてもとても、魅力にあふれていて。
ああ、これでよかったと。
子供たちに囲まれた今では、家との関係を断ってでも選んだ今が、満ち足りていた。
だから彼女の悲鳴と銃声が耳朶を打つ、死ぬ間際、彼は悲しかった。
子供たちのこと。
彼女の足手まといになったこと。
そして。
もう二度と、笑顔に会えないことを――。
理解してしまったから――。
「だ、誰ですか?」
「いや、気にするな」
ツキ・キルストゥはインターホンを鳴らさずに入ってきた、見知らぬ男に問いかけていた。
就職先を両親と相談するところだったのだが、軍には入るな、と言われていた。
軍人家系でもない彼は、最初からそんな選択肢はなかったのだが。
「気にしますよ!」
声をいくら荒げても、男は手をひらひら振っただけで、聞く耳を持ってはくれなかった。
「だから、気にしなくていい。これから、守ってやるんだから」
「はぁ! 軍人呼びますよ!」
言ったとたん、テレビでしか聞いたことのないような、銃声が轟いた。
「――え?」
「だから、気にするな」
男の手のひらが、ツキの前にあった。
そしてそれは握られる。
「邪魔するのか、お前」
これも見知らぬ男の声だった。
こちらは好意など感じられず、腹の底から恐怖が沸き上がってきた。
だが、目の前の男がいるから、冷静を保っていられる。
その手のひらが、頼もしいと感じてしまった。
情けないな、と自身に思わずにはいられなかった。
「邪魔? 人殺しは犯罪だ。そんな基本的な法律も知らない輩に言われたくないな」
「キルストゥは別だ。あんな高額な懸賞金がもらえる国なんて、そうそうないからな」
「ちっ、金目当ての賞金稼ぎか」
「嫌だといっても、こっちも命かけてるんでね」
「ここじゃ犯罪だ。金も手に入らないだろ」
「どうだか」
「っ、話が通じないなんて、面倒だな」
ぽかんとしているツキは、二人のやりとりを他人事のように感じていた。
突然訪問してきた男と、賞金稼ぎという男と。
思わず手の甲をつねるが、痛みがある。
残念ながら夢ではなかった。
「えっと、どういうことでしょうか?」
「キルストゥは、東のとある小国では賞金がかけられてるんだよ」
「そういうこった。死体でも構わないってことだしな」
「それは困るな。お引き取り願おうか」
ツキの前に立った、見知らぬ男――その名はシーザライズ。
レリアを死へと導いてしまった男は、ツキの前で、レリアの前では制御しきれなかった異能を発揮した。
「くっ」
賞金稼ぎの男は、手にした拳銃をシーザライズへ向けた。
「そのまま撃つと、暴発するぞ?」
「なにを――」
シーザライズの忠告を聞かなかった代償は大きかった。
男は暴発した拳銃をまともに浴び、地面に叩きつけられていた。
「キルストゥ、救急車を呼んでやれ」
「……」
「キルストゥ?」
「あ、は、はいっ」
まるで、映画のワンシーンのような出来事が、実際に起きている。
あまりにあっけなく、そしてシーザライズの態度が平然としすぎていて、ツキはまだ現実味を感じられなかった。
感じていた恐怖心も首を引っ込めてしまい、ツキは痛がる賞金首狩りを名乗った男を哀れに思っただけだった。
まだ、自身を巻き込む悲劇も知らずに。
「お母さん……」
学校帰り。
いつもと変わらないと思っていた日々は、あっという間に彩を変えた。
フォーク・キルストゥは亡骸となった両親を、帰り道である商店街で見てしまった。
朱色と鉄のにおいが、死を濃く反映させていた。
「お父さん……」
「君!」
フードの青年は血だまりにへたり込む少年を、抱きかかえていた。
周囲に集まった野次馬の声も二人には届かない。
「ごめん、ごめんよ」
「っ」
見知らぬ人の抱擁に、フォークは目を見開いていた。
「間に合わなくて、本当に、ごめんよ」
「え……」
必死な声に聞き覚えなどなく、フォークは困惑して声の主を見ようとした。
「ぼくらがもう少し早く来ることができたら、助けられたのに、ごめん、ごめん」
「くっそ、あんたたちはっ! あんな疫病神を殺すのは当然の」
「静かにしてください。うるさいです」
淡々と告げた声は、凍り付くかのように冷たく。
「ひっ」
「軍人が来た来た。あとは任せようぜ、リタル」
「ええ、クルア」
商店街の人々が遠巻きに見守る中、青年、フォアは軍人に声をかけられるまで、放心したフォークを抱きしめていた。
まるで、実の子のように、ずっと。
フォークには、そうされる意味がわからず、心が混乱してしまっていた。
そんなことも、フォアには理解されないまま。
「君の両親は死んだ。これは、わかってほしい」
ツキは家で、シーザライズとともに殺人事件の担当だという軍人から死を知らされた。
「は? なにを」
「これが、フォアの言っていた未来、か」
シーザライズは変えられなかった無力をかみしめて、歯ぎしりした。
これを知っていたフォアは、どれくらい辛い思いをしてきたのだろうか。
そんなことを考えながら、嘘だろ、と告げるツキを見つめた。
「なに、冗談を」
「お兄ちゃん、お兄ちゃん!!」
だんっと昼の風をドアから入れながら、勢いよく入ってきたフォークはツキを抱きしめた。
「よかった、よかった! 本当にお兄ちゃんは無事だったんだね!」
「え?」
その言葉が、背中に氷を入れられたようで、ツキは目を瞬かせた。
「フォーク、嘘、だろ?」
「よかった、よかったよぅ!」
兄の無事な姿しか目に映らないフォークは、嬉しすぎて涙を流していた。
血がしみ込んだ衣服に目がいったツキは、命の恩人であるシーザライズを見つめた。
「俺も詳しくは知らないが、この状態で軍人が嘘を言うと思うか?」
どんなメリットがある、と言いたげに、彼は軍人を見つめた。
「こんなことになって、残念だと思っている」
若い軍人は、深々とツキに頭を下げた。
「キルストゥの問題は、他国の話だと侮っていた部分があるのは否めない」
なんだそれ、とツキはわけのわからないことに解決の芽を求めて、シーザライズを見た。
彼はツキを見ておらず、フォークの入ってきたドアへ視線を移していた。
「キルストゥは、東のとある小国では莫大な賞金がかかっている一族なんだよ」
フードを被った変わった青年が、静かに告げた。
「なんで君たちが父親の姓を名乗らないのかは不思議だけど、このままだと危険だよ」
「わけ、わかんねえよ」
ツキは自宅の居間の壁によりかかり、フォークの頭をなでていた。
「そんな話、聞いてないよ、母さん」
「父親の姓は名乗れなかったのか?」
シーザライズが尋ねると、ツキは聞いた話だけど、と前置きした。
「結婚、反対されたから、子供には母さんの姓でってことになったんだって」
「結婚に反対?」
「なんでも、得体のしれない母さんと、普通の父さんが結ばれるのは、父さんの家族が認めなかったんだって」
「そういうことか……」
「だから、夫婦別姓、そして俺たちはキルストゥを名乗ってるし……」
「これからは、それだと危険ですね」
軍人は帽子をかぶり直しながら告げた。
「あなたたちを襲った人間は、軍人でした。その、東の小国の」
「賞金首じゃなかったのか?」
「あの国では賞金もかかっていますが、ただの一般人がわざわざエルニーニャまでくるとは考えづらい」
「ということは、国が仕向けたことかもしれないってことか」
シーザライズがつぶやくと、若き軍人は首肯した。
「これは国際関係の問題になりうることです。お二人は、軍の保護下に」
「姓を変えればいいんだと思うよ」
いつの間にきたのだろうか。
すっと、フードの青年、フォアは手を挙げた。
「変に軍が関われば、それこそ一発触発、誰かの思惑通りになる。
それならいっそ、姓名を変えてしまったらいい」
「いえ、それだけでは」
「一応、ぼくたちはその小国からやってきて、キルストゥ側についている人間だ」
得意げに話すと、フードの青年は若きエルニーニャの軍人に告げる。
「彼らの保護はぼくらがする。軍人さんたちが関わると、ちょっと国同士の関係がややこしいことになるしね」
「ですが」
「いまの小国の内部、どうなってるかわかってないでしょ」
「……わかりました。そこまで強く言われるというのなら、策もあるのですね」
若き軍人は、ため息一つついて、フォアとシーザライズを見つめた。
「あなた方二人も、異論はないですか?」
「あ、ああ」
「うん」
ツキは状況に流されて、そしてフォークは理解せずに頷いた。
「というわけですから。このこと、あなたの上司に伝えてくれませんか?」
フォアはさらっと告げると、彼はしぶしぶといった感じでわかりましたと返事した。
「手続きはおいおいします。ということで、この子たちに話があるので」
「わかりました。……我が国の国民です、ゆめゆめお忘れなきように」
釘を刺して、その軍人は退席した。
その後ろ姿を見送って、ツキは声を荒げた。
「あんたたち、何者なんだ? 東の小国って言ったし、俺たちに関係あるのか?」
「フォアは、知ってるんだろ?」
「ふふ、自慢じゃないが、違う未来をたどったこの子との約束で、助けに入ったに過ぎないんだ」
「おい、まさか何も考えてなかったんじゃ」
シーザライズの言葉を無視して、フォアは言葉を紡いだ。
「名前を変えるのに抵抗はあるかもしれないけれど、それが自衛手段としてはいいことはわかるよね」
「あの、軍人を、エルニーニャの軍を信用してないんですか?」
ツキが言えることはそれだけだった。
まだ頭の中が混乱しており、考えがまとまらない。
「まあ、信用というか。軍の中にキルストゥのことを知ってる人がいたら、ちょっとややこしいからね。
さっきも言ったけど、あの国は今は混乱の極みにある。
下手に大国であるこちらが手を出すと、戦争になっちゃって、大変なんだよねー」
「……俺たち、相当大変なことに巻き込まれてるのか?」
「簡単にいうと、そういうこと。で、姓を変えて、生きるのがいいとぼくは思うよ」
「俺たちを信用できないなら、軍に言えばいい。キルストゥのことは、内部なら知ってるだろうからな」
「……フォーク、どうする?」
「ぼくは、お兄ちゃんといられるなら、そっちでいい」
ぽつり、と寂しそうにフォークは告げた。
「お兄ちゃん、ぼくのこと、おいてかないでね」
「……っ!」
「それにそこのフードのお兄さん、いっぱい『ごめんなさい』って言ってくれた……」
ぽろぽろと、こぼれる涙を抑えきらないフォークは、顔を上げて笑った。
「知らない人だけど、守ってくれる気がする」
ちょっと変わってる気がするけど、とフォークは付け加えた。
「ま、確かに変わり者ではあるが……本当にレリア似だな、この子」
「レリアって誰?」
「知らないって、時代は移り変わってるんだな」
それとも、他国のことは知らないのかな、と苦笑した。
「まあ、フォアが関わりたくなるのもわからなくもないな」
「でしょう?」
「あの、お二人は一体?」
ツキはフォアとシーザライズを見比べていた。
どことなく、違和感を感じる二人組。
「あ、シーザライズは異能力者で、元軍人の元傭兵」
「今も傭兵のような感じだがな」
「彼と離れられない運命にあるのが、ぼく、フォア」
「???」
意味が分からない兄弟は、二人をまじまじと見つめた。
「シーザライズにはこちらの世界ではお世話になってるんだ」
「まあ、相棒ってやつだ」
「はぁ……」
「とりあえず、面倒ごとはなるべく俺らが面倒を見てやる」
シーザライズがだから心配するな、と言いたげに、目を閉じた。
「今まで通りとはいかないだろうけど、なるべくいままで通りでいけるようにぼくらがサポートするから」
「でもあんまり考えてなかっただろ」
「うう」
シーザライズに指摘され、フォアは泣きそうな顔になる。
「で、でもこういうとき、どうしたらいいかはわかるよ」
「そうなのか?」
「いろんな人の人生を歩き渡ってきたからね。
さあ、まずは面倒な手続きを相手にしよう!」
「……現実味あるな、それ」
シーザライズがため息をつくと、ツキは微笑を浮かべた。
「よくわからないけど、お世話になります」
「ぼ、ぼくもお世話になります」
「よろしくね」
フォアが差し出した手を、キルストゥの兄弟が握った。
シーザライズは腕を組み、それを見つめながら、フォークを眺める。
今度こそ、守り抜くと。
あの時とは違うんだと、自分に言い聞かせながら。
時間が解決した問題もあった。
ツキ・キルストゥは、キルアウェートという名に改変することを許された。
そう、大して時間もかからずに、フォアとシーザライズが書類をささっと書き上げてくれたことでフォークと二人で苗字が変わった。
「なんか、実感わかないね」
フォークはおかしをつまみながら、ツキを見つめた。
「そうだな……父さんの姓でもないし」
「嫌か?」
シーザライズが不安そうに問いかける。
裁判もこの二人が付き添ってくれたことで、二人はちょっと精神的に余裕ができていた。
両親をいっぺんに、理不尽な理由で奪われたのだ。
しかし、ツキは意外と、自分でも驚くくらいには冷静でいられた。
たぶん、シーザライズが淡々と語りながらも激怒を抑えていたのを見ていたからだろう。
「いいえ。新しい生活のためですから」
「敬語いらないぞ」
シーザライズが言うと、フォークはでも、と反論したげな表情で彼を見た。
「なにもないのに、どうして助けてくれるんですか?」
「お金はなんとか問題ないけれど……」
「前に言っただろ? 俺のせいでお前たちの両親が、その……殺されたって」
「そこ、なんで詳しく教えてくれないんですか?」
シーザライズは、困ったように視線を逸らすだけだった。
「フォーク、あまり言いたくないことを詮索しちゃだめだ」
「?」
「調べたらわかることではあるけれど、フォークくんにはまだ早いね」
というと、フォークは不満げに頬を膨らませた。
自分一人だけが置いてけぼりにされている不満が表に出ていた。
「あまり、フォークには触れてほしくないんだ」
「うん……」
「まあ、大きくなったらおいおい話すよ」
ツキが言うと、フォークは首をしぶしぶと縦に振った。
「お兄ちゃんは、聞いたの?」
小声で問う弟の声に、ツキはああ、と頷いた。
シーザライズが王族殺しをしたレリアを匿ったということ。
そして、彼がそれを情報屋に話をして国を出ようとしたところを逆に国に売られたということ。
その話を、シーザライズはツキにはした。
ツキ自身は、それがきっかけで親が殺されたことで怒りを感じもしたが、命の恩人でもあるシーザライズに対して、それ以上強くいうこともできない。
「まあ、それはフォークがもっと大きくなってからな」
ごまかすように、頭に手をのせてフォークの頭をなであげた。
「これでもう、キルストゥとは名乗ってはいけないよ」
「うん……」
慣れ親しんだ名前を捨てて、別名を名乗る。
まるで親が離婚したみたいだ、とツキは内心思い、苦笑した。
父親の姓ともまったく違う名だから、そういうわけでもないのだが。
「フォアさんたちがいてくださって本当に助かりました」
「ぼくらにとっては当然のことだから、気にしないで。
それに本当に大変なのは、これからなんだから」
「ああ……」
ツキは苦虫をかみつぶした顔で、ふぅっと深くため息をついた。
これからのこと。
いくらサポートするといっても、自分たちだけで乗り越えていかなければならない問題も多数ある。
それを考えると、ツキは両親がいたありがたさを否応なく感じていた。
「仕事……就職、どうするかな……」
「お兄ちゃん、もう卒業だもんね」
「ん? 仕事探してるのか?」
「ええ……軍人以外で」
「軍人って、簡単になれないだろ」
シーザライズは呆れたように告げる。
「いえ、試験さえパスすれば、入れるんですよ。テレビのコマーシャルとかでも宣伝してますし」
「テレビ……」
なぜかフォアが興味ありげに呟く。
「ともかく、しばらく生活費稼がないといけないんですよ」
「お金、かぁ」
フォアはテレビの単語を気にしながら、顎に手を当てて思案する。
「うん、シーザライズ、お金はぼくたちが工面してあげよう。しばらくは」
「おいおい、俺らもそんなに金持ってないだろ」
「知ってる? 宝石はお金に換金できるんだよ、シーザライズ?」
得意げに笑みを浮かべるフォアに、彼は悪寒を覚えた。
「俺の能力で宝石作れってか。犯罪じゃねえか」
「キルアウェート家の危機だからね」
「あの、それなら早く仕事見つけるんで、その、手を煩わせるわけにはいきません」
しっかりとツキが告げると、二人の青年は顔を見合わせた。
「一応、君たちの父親の銀行口座からは引き落とせるようにしてあるから、急がなくてもいいよ」
「おい、それ初めて聞いたんだが」
シーザライズが唇を尖らせる。
「クルアさんたちがさりげなく会社に交渉して、
デザイン料とか少しは振り込みしてくれるようにしてくれたって」
フォアは片目を閉じて、フォークとツキを見つめた。
「ええっと、それはいいことなの?」
「お金の心配するより、いまは身の振りを考えたほうがいいと思うよ」
フォアが告げると、二人は押し黙ってしまった。
「ツキくんの仕事探し、ゆっくりやるといいよ。焦って失敗しても仕方がないんだし」
「そうだよ、お兄ちゃん。ぼくもお手伝いするから」
にこっとフォークが微笑むと、ツキは脱力して弟の頭をなでた。
「そうだな……フォアさん、ありがとうございます」
「ううん、お礼ならクルアさんたちに言ってね」
「わかりました。そうします」
「えへへ、お兄ちゃんと一緒に暮らしていけるんだよね」
フォークは嬉しそうに兄の手を握る。
「うん、でも本当に兄弟だけで住むって決めていいのかい?」
「親戚もいませんし、オレたち二人の問題ですから」
告げると、フォアは目を背ける。申し訳ないと言うように、肩を落としていた。
「そう、決めたならもう何も言わない。でも、困ったらここに電話してね」
差し出された紙を、フォークがまじまじと見つめた。
「中央商店街の、刃物屋さん?」
「シーザライズとそこで、異能力を持ってる男の人と暮らし始めたから」
「ああ、なんかなよなよしてる感じの人か。刃物と縁がなさそうなのにな」
「ははは……それ聞いたら泣いちゃうよ、彼」
フォアが苦笑し、それから話を改めるように息を吐く。
「もうキルストゥ姓は名乗らないこと。これだけは徹底してね。
いくらぼくらでも一緒に住まない以上、守り切れないこともあるから」
「わかった」
「えっと、友達にはどういえばいいかな」
フォークの頭が答えを求めて三人を見る。
「両親が亡くなったからでいいだろ」
シーザライズがぶっきらぼうに言い放つ。
「そうだね。……ただ、キルストゥを知らない人には言わないこと。誰から漏れるかわからないからね」
「うん」
と言いながら、フォークはお菓子をつまんでいた手を膝の上に置いた。
「あいつにも、言い含めておかないとな……」
ツキは腐れ縁の友人、アイスのことを思い浮かべながらため息をついた。
「今晩は、ここで夕食を取るか」
「そうだね」
「わーい」
「えっと、その、刃物屋さんはいいんですか?」
シーザライズは訊かれて、にやりと口の端を上げた。
よくないことを考えているときの、彼の癖だとツキは最近わかった。
「さっそく、電話してみてくれたまえ」
なぜか口調が変わっている元傭兵に、ツキはそういうことかと理解した。
そんなことなど露知らず、フォークとフォアは台所へ向かう。
これから、どうなるかはわからない。
ツキは不安を打ち消すように、シーザライズに見守られながら受話器を取るのだった。
電話越しに、なんでいないんですかー師匠ー!! と泣かれていて電話したことを後悔した日だった。
ちなみに、当のシーザライズはおかしそうに笑っていた。
ああ、上司じゃなくてよかった、とツキは心の底から思い、フォークは首をひねるのだった。
それからが、キルストゥ――キルアウェート兄弟の二人きりの生活の始まり。
未来なんて、まだ、誰も知らなかった頃のお話――。