ぼくは、勉強が嫌いです。
なぜなら、よくわからないからです。
「むー」
「うー」
「二人とも、そんなに怖い顔しないで」
平均点ちょっきりのぼくとクッキーを見て、お父さんが軍人のルルが、苦笑してぼくらを見てた。
学校は今日は午前授業。
リタルさんが迎えに来るまで、暇そうなクッキーと……。
「あなたたち、もっと覚えようとしないと」
「覚えるって言っても……」
ぼくは、同じ顔をしていたクッキーと抗議の声を上げる。
「そんなことができてたら、苦労はしない!」
「堂々と言うことじゃないでしょう、あなた方」
ルルは頭がいたいと言いたげに、こめかみを揉んだ。
勉強できない同類組と陰で囁かれる二人を見て、ルルは微笑した。
「仕方がないから教えてあげる。お父さんが迎えに来るまで、暇だし」
「ああ、いいクラスメイトを持ったな、フォーク!」
「うん! クッキー!」
がしっと抱き合う二人に、ルルは苦笑した。
「二人は本当に、仲がいいのね」
「ふふん、クッキーはぼくより勉強ができない」
「あのね、フォークくん、そういうことははっきり言っちゃだめだよ」
「お前は体育くらいしか取り柄がないくせに……」
「あー! 言ったな! ぼくより平均点低いのに!」
「外国語下手すぎて笑われたフォークがよく言う」
喧嘩が勃発しそうな二人に、ルルは眉を下げた。
「もう、勉強する気ないよね」
「「ある!」」
「喧嘩しながら言われても、説得力ないよ」
「う」
「くぅ、じゃ、じゃあ国語から……」
うだつの上がらないぼくたち二人は、やれやれといったルルに頭を下げる。
「じゃあ、今日の復習からね」
と、付き合ってくれる、いい人に、ぼくたちはやっぱり、深く頭を下げるのだった。
「フォークくん、いますか?」
「ルルー! お父さんがキたぞぉ!」
それぞれを呼ぶ声に、ぼくらは丁度ペンを置くところだった。
「はぁ。ルル、けっこうハードだった」
「ふ、復習って大変だね……」
「あはは……じゃあ、お父さんたち来たから、今日はこれで終わり」
「「ありがとうございました!」」
クッキーと一緒に頭を下げると、ぼくらは帰り支度をする。
ルルは驚きに目を丸くしたあと、悪い子供を諭すような声音で、微笑む。
「また勉強、付き合うからね」
「うん! よろしくお願いします」
「ありがとな、ルル」
「おう、いい友達がいるじゃないか、ルル」
「お父さん、お仕事どうしたの?」
「ははっ、子供はそんなこと気にしなくていいんだ!」
豪快なお父さんだな、といつも思う。
ルルは貴族の女の子。本当なら、一般人のぼくらなんて手が届かないほど、立派な貴族の立場の子らしい。
けれども、心配性なお父さんが、軍の司令部に一番近い学校だから、ということでここに通わせている。とのことで。
こうして、ぼくらはふつうの女の子として付き合っている。
彼女も、身分のことは気にしてないみたい。
そう言えば、メリテェアさんも貴族なのに軍人だったな。
「じゃあ、また来週ね」
「おう、ルルもまた来週な!」
「またねー」
父娘が去るのを見届けて、ぼくも立ち上がる。
勉強道具は鞄にしまい込んで、教室の外で待つ黒に身を包んだリタルさんの方に行く。
「クッキー?」
「あ、今日は寄るとこあるから、先帰ってていいわ」
途中まで一緒に帰ることが多いので、ちょっと悲しかったけれど、ぼくはリタルさんの待つ廊下に出た。
「あの、仕事終わったんですか?」
「今日は用務員は違う方がやってくれますから、大丈夫ですよ」
「……あの、いつも、いろいろとありがとうございます……その」
「農協の仕事が午後に入ってるので……もし、寄り道されたかったなら、申し訳ありませんが、クルアでもつけます」
そうじゃないんだけど、とぼくは頬をかく。
学校のロビーにはぼくらしかもう残っていなかった。
「ぼくたちのこと、リタルさんは関係なかったんですよね、その、レリアさんのこと」
学校から商店街への道を歩きながら、ぼくは疑問をぶつけた。
「クルアの独断でしたね。でもそのせいで、君たち家族のような、犠牲者が出るようなことになるとは思わなかったんです」
「ぼくら以外にも、いるの?」
「ええ。キルストゥ姓でないだけで、幾人かとは連絡網を引いています。ただ、皆が怨念祓いできるわけではありません」
まだ太陽が高い中、商店街の中をまっすぐ進みながら、ぼくはリタルさんを見上げた。
「どうして?」
「うーん、それは詳しく知らないのでわかりません。ただ、『神』の怨念は生前の怨念だと聞きます」
生きている頃の。
とぼくは反芻する。
「満足に死んでいった者は、怨念がありません。だから、『神』になる可能性はない。怨念を見える異能力が発現しやすいのが、キルストゥ一族なのでしょう」
「見る?」
「ええ。怨念はそこかしこにいる、とクルアも言ってました。ただ、それらは死に携わる仕事の方々が浄化している」
「お経唱えたり?」
「ええ。でえすから、『神』なんて存在は、本来なら出てくるはずないのですが……死に際に強い後悔、恨みなどがあった人。それが星と関係すると通称『神』となります。元々死人ですから、たぶん、お経とか苦手でしょうね」
「苦手でも、倒せない?」
「はい、その通りです。彼らは星の光が新たな生を与えた者。生者ではなく、死者を超えた触れられる概念、とか言ってましたね」
「クルアさんが?」
「シーザライズさんです。一番『神』と接してる方ですから。ただ、概念を物質化させられれば、あとは核となる怨念を祓うだけ……ですが、その核祓いが一番難しいそうです」
「概念なの?」
「ええ。いくらお経を唱えても、恨みつらみが解けるわけではありません。その人の人生を、心残りを、祝詞として捧げる」
ふつうは無理なんですけどね、と苦笑するリタルさん。
「見も知らずの他人の人生を知り、祓う。キルストゥ一族は、それができる人が多いから、本来なら王様を守る一族だったんですよ」
「え! 王様を守るの?」
「はい。そのために、怨念の概念を破壊する赤、怨念の概念を祝詞で祓う青、とで役割をわかれて王様を守っていたのですが……」
そこで、リタルさんは口をつぐんだ。
「レリアさんが、殺めたの?」
「ええ。赤も青も、そして王様も殺した――赤の力は途方もないと聞きます。この大地に祝福されている、とも」
「そう、なんですか」
「青も、大地の祝福を受けている。だからこそ、その二人の力は王様を守るという点で必要だった」
「王様も、すごいことできるの?」
好奇心のまま、問いかけてみた。
すると、リタルさんは首を横に振った。
「いえ。王様は特殊な力はなかったようです。けれども、誰も氷のような青い髪だった、と聞きます」
「アイスさんみたいだったのかな?」
「そうかもしれませんね」
会話が終わる頃、丁度家についた。
「今日は、誰か来ますか?」
「フォアさんがいると思いますが……では、おやすみなさい」
「リタルさんは気が早いなぁ……おやすみなさい。そして、いつもありがとうございます」
ぼくは頭を下げると、リタルさんは大したことではないですから、と謙遜して、去っていく。
「そう言えば、フォークくんは『神』と会ったことはありますか?」
「えっと。たしか、クレインちゃんと初めて会った時、だったと思います。本当かどうかはわからないです、けど」
「……そうでしたか。あの時……いえすみません、変なことを訊いて」
「いえいえ、こちらこそ」
くすりと、リタルさんは笑みをこぼして、背を向けてしまった。
ぼくももういいかな、と思いただいまーとドアを開けて入る。
「おかえりーフォークくん」
と迎えてくれたのは、ローブ姿のフォアさんだ。
「どうしたんですか? 机の上に……まさか、何かあったんですか!?」
「ううん、違うけど……お客さんが来てったよー」
「お客さん……ああ、お母さんの知り合いの人?」
「え? そうなの?」
「うん。たまにね、顔だしてくれてたよ。傭兵さんでしょ?」
「……軍人だめで、傭兵ならいいって変わってるね、フォークくん」
「あの事件がなかったら、ぼくだって軍人さん、嫌いじゃなかったよ」
ぼくは両親のことを思い出す。
本当だったらあったかもしれない、未来は、お母さんが強引にお兄ちゃんを就職させて、お父さんと一緒に笑って。
そんなことを、たまに思う。
「ごめんね。あの時、間に合わなくて」
「そんなことない。きっと、フォアさんがいなかったら、ぼくは――」
「うん。レリアさんみたいなことになってた。そしてその歴史のきみと約束したから」
「約束?」
「守れなかったけどね。やっぱり、人間と世界の人真似は違うんだなって思うよ」
時々、フォアさんの言葉の意味がわからない。
「シーザライズのおかげで、一般人をやってこれてるんだけど、完全な能力者にはなってないんだよね」
残念そうに肩を落としながら、フォアさんが告げた。
「普通の人に限りなく近い異能力者。なんだけど、ぼくはあくまで一般人として支えていきたい」
「――ぼくは、フォアさんが、普通の人じゃなくても、大丈夫です」
鞄をテーブルに置くと、ぼくは微笑んだ。
「助けようとしてくれた人だから……」
あの時の温もりを、忘れない。
信じられなかった現実を、温もりで包み込んでくれたこと。泣いてくれたこと。守ろうとしてくれたこと。全部、脳裏に刻まれている。
だから、ぼくはフォアさんを信じている。
「お兄ちゃん、今日も遅くなるのかな?」
「うん。なんでも、朝に『男なのにめっちゃ綺麗な人とかがオレに用があるらしくて、遅くなるわー』って言ってた」
「通信課に用があるなんて、珍しいね」
「大切な用事なんじゃないかな」
ぼくが告げると、フォアさんはそうだね、と告げて立ち上がる。
「ココアでもいれるね」
「わあ! いいの?」
「ふふ、粉の袋だから、お湯を入れるだけでできるんだよ」
にっこりと笑って、フォアさんは台所に消えていった。
「あ、そうだ、傭兵さんお手紙置いてったから、見ていいよー」
どこにあるのか、きょろきょろとテーブルを見回すと、ぼくは鞄を持ち上げる。
「やっぱりここにあったか……」
気付かなかったので、苦笑する。
ぼくは茶色の膨らんだ封筒を開くと、分厚い手紙の束に、目を丸くした。
「えっと……わぁ、お金まで入ってる」
別にいらないのに、と思うけれども、あの傭兵さんたちは返すといっても受け取ってくれないだろう。
それがわかっているから、ぼくはお母さんの残してくれた絆を大事にしたい。
というか、キルストゥとわかっていながらも、友好的に接してくれる傭兵のおじさんに、感謝してる。
手紙を座って読む。
ことんとココアがぼくの横に置かれたけれども、それ以外の物音はしない。
フォアさんは、静かに椅子に腰掛けていた。
その気遣いに感謝して、ゆっくり手紙を読む。
お母さんのことを、仲間として大切にしてくれた人。
同じように、傭兵をやりながら子育てもしてる傭兵さんの、面白い文章で綴られたものは、心を温めてくれる。
「良かった」
「ふふ、それじゃあ、宿題の時間だね」
瞬きすると、時計に目を向ける。
「あー! 本当だー!」
「ちょっとぼくは外に出るから、フォークくんは家にいてね」
「勉強しないとー」
なにかフォアさんが外へ出ていった音がしたけれど、外国語の宿題がまだ残っている。
ぼくは苦手なそれを教科書とともに、睨みつけるのだった。
外はまだ、人の往来がぽつりぽつりとあった。
その中、フォアは商店街ヘ向かう途中の路地裏へと足を向けた。
「いるんでしょう」
努めて冷たい声を出した彼に、黄色がよく似合う女性が、くすりと笑って突如、現れた。
「あら、お兄さん。どんな用事でしょう?」
「それはこっちが聞きたいね。ぼくは、彼を助けるためにいるんだから」
きっと、フォアは女を睨みつける。
「キルストゥを一目見ておきたかった……まあ、両親を軍人に殺されているのに、日常生活をよく送れているのが不思議ですけれども」
「それはあなたには永遠にわからない謎ですよ」
冷や汗をかきながら、フォアが告げる。
目の前の女が何者か、わかってしまったから。
「万の怨念を、食ったんですね」
「あらぁ、一見でわかるなんて、あなた、何者かしら? ね」
「ぼくのことはいい。あなたが害を及ぼすなら、こちらも手段は選ばない」
言い切りながらも、フォアの心の中は震えていた。
世界に干渉して身を守ることならできても、攻撃は通らない、とわかっていたから。
彼女は、人間ではなく。
「『神』……それも、レリアさんを唆したのは、あなた?」
「さあてね。昔のことは、すぐ忘れてしまうのよね」
くすくすと、女はおかしそうに笑い。
手を、フォアに向けた。
「同じ人外同士、殺し合いでも始める?」
「それは嫌だなぁ」
フォークに会わせないために、フォアは単身ここに来た。
そして、同時に。
女も、彼には傷を負わせられないと、勘で理解していた。
様々な怨念を身に宿してきた経験が、告げるのだ。
この男は、数多の命と経験を持っている。
ゆえに、怨念だけでは勝てない、と。
せいぜい、疲弊させるだけしかできないのではないか――。
ばっと、女は手のひらの先に黒い塊――怨念を具現化させる。
フォアはそれを外に出さんと、それに向かって地を蹴った。
普通の人間なら自殺行為だが、フォアの手には聖水の入った小瓶が握られていた。
「はっ」
「やぁっ!」
ぶつかり合う二つは、聖水は怨念の力をかすかに削ったにすぎず。
しかして、フォアは怨念そのものをまともに食らっても、平然と立って、女の手を握りしめていた。
また、新たに聖水を生成する。
「あら、案外頑丈ね。普通なら卒倒する程度の怨念なのに」
「この程度、幾多も食らってきたからね」
フォアは応えると、聖水を女にかける。
水に濡れた顔は、けれども余裕に満ちていた。
「あーあ。やっぱり、この程度じゃあなたを完全にはできない、か」
「ええ、聖水ごときでわたくしを消せたのは、数百年前にまで遡らなきゃね?」
くすくすと、女は笑う。
それがちょっと悔しくて、フォアは唇を噛んだ。
「さて、それでお終い?」
「まさか!」
言いながら、フォアは次々と聖水の小瓶を指に挟む。
女は余裕の笑みを崩さずに、フォアへ怨念を放った。
――やっぱり、負の感情だけなのは、きついなぁ。
直撃した怨念は、フォアの中に消えていく。
「あなた、人間じゃないのね」
「そりゃあ、ね」
答える義務はないと言わんばかりに、フォアははっきり言い切る。
「ふふ、舞台が揃うまで、もう少し」
がっと、女は足を腹部へ蹴った。
それを受けて、フォアの手が緩むと、着物にもかかわらず、素早い動きでフォアの横をすり抜ける。
「しばらくは、わたくしの可愛い子羊たちが迷惑を掛けるけど……」
くすりと、小悪魔な笑みを浮かべ。
「せいぜい、楽しませてくださいね?」
そんな言葉を残して、彼女は路地裏から一気に屋根へと駆けあがり、にやりと笑みをこぼした。
「思ったより、楽しくなりそうね」
屋根をつたい、根城へと女王は帰っていった。
「あー、ちょっときっついなこれ」
コンクリートの壁に背中を預けて、ぼくはごちゃまぜの怨念に、苦笑した。
「一人一人の処理ならしてきたけど、数人分一気に、なんてやったことなかったや」
ごくごくと、味のない聖水を飲みながら、動けずにいた。
「おい、フォア!」
「あ、シーザライズ! おかえり――って、ど、どうしたの? 怖い顔して」
「おかしいのはお前だろ! それ、聖水ってことは、『神』とやりあったんだろ?」
心配性だなぁと思いつつ、頷いた。
「いてっ」
デコピンが、ぼくの額を叩いた。
「馬鹿。お前は前線に立つやつじゃないんだから、無理に相手しようとするな」
「でも、フォークくんには会わせられない相手だから」
「……あの馬鹿弟子のところにいかず、待ってりゃ良かったか」
「いや、その弟子くんにも悪いし……」
「いいんだよ、あいつのことは。それより、怪我とかしてないだろうな?」
じろり、と睨まれる。
「ちょっと、怨念叩き込まれちゃって……普通の体だからか、やっぱり辛い」
「……黒幕か?」
「嘘を言っていないと、ね。だから、来た」
「はぁ……馬鹿。でも、聖水、効果がないってのは、ちょっとやばくないか?」
「だよね。でも、これが限界なんだ、今は」
「フォアの攻撃手段はほぼ意味がない。そして、相手もお前を殺せない」
「うん。ぼくは一般人に限りなく近い、異能力者の皮を被った存在――それこそ、神様みたいなものだからね」
「その手のは、あんま信じたくないんだが……ま、今日は悪かった。身体張らせてな」
「いいよ、仕方がないことだし」
「それより、怨念祓わないといけないだろ? どうしたらいい?」
「聖水飲むしかないかな……」
「無茶して、この馬鹿」
すっと、シーザライズはぼくをお姫様抱っこする。
「え、え」
「さっさとキルアウェート家に帰るぞ。概念なら、怨念も時間経てば治るかもしれないしな」
「それは、そうだけど、これ、恥ずかしいって!」
「そうしたのはどこの誰だ馬鹿!」
ありがとう。
本当はもう、与えられた怨念はだいぶ祓ってあるけれど。
心配してくれるって経験がなかったから、どうしたらいいかわからないから。
心の中でだけ、呟いておくよ――シーザライズ。
「フォアさん大丈夫ですか!?」
フォアさんが出ていったと思ったら、チャイムが鳴った。
ぼくが玄関のドアを開くと、怒りを抑えているようなシーザライズさんがフォアさんを抱っこしていた。
顔色が悪いフォアさんを見るのは、はじめてで思わず口から出てきていた。
「ああ。でも、寝かせたほうがいい。なんか、笑顔がくすぐったいし」
あの馬鹿弟子みたいで、と付け加えた。
「もう大丈夫だよーシーザライズ。フォークくんも見てるし、そろそろ下ろして」
「ベッドで安め。部屋、借りるからな」
「……何かあったんですね」
「まあ、な。そういや、フォークはリタルからあれ貰ったか?」
「ネックレスでしょ? うん、ちゃんと身につけてるよ」
「一番やばいのは、お前の学友だからな」
「シーザライズさんが、作ったんだよね」
「いや。洗礼と祝詞で祝福はしたが、作ったのは弟子だ。お前の学友、少なくて良かったよ」
と言ってる間に、ひょこっとフォアさんが自力でお姫様抱っこから解放されていた。
「ごめんね、シーザライズの言うように、少し休むね」
「あ、もう自由に両親の寝室は使っていいですから!」
「素直に行けよ、もう……」
はぁ、とシーザライズさんはため息をつくと、ぼくの向かい側に座った。
「そういや、将来何になりたいんだっけ?」
「あ、コックさんです」
「コック、か。まあ、フォークの料理は上手いしな。まれに軍人に持ってったりしてるんだろ?」
「皆美味しいって言ってくれるから、ぼく、作り続けたいと思えるんです」
「で、専門学校目指してる、と」
「はい。でも筆記試験通るか……」
「リタルにでも推薦してもらえばいいんじゃねえか?」
何事もなさそうな口調で、シーザライズさんは不正っぽいことを言った。
「だーめーでーすー。って、リタルさん、農協のお偉い人もやってるって聞いてますけど、それとこれは別です」
「真面目だな。まあ、フォークがしたいようにするといいさ。結果、悪くてもな」
ふと、かげりが見えた表示が気になって。
「……あの、シーザライズさんは、どうして傭兵続けてるんですか?」
「それしか生きていける道、なかったからな。歳を取らない軍人なんて、気味が悪いだろ?」
「そんなこと、ないと思いますけど」
「気休めありがとよ」
「でもでも! ぼくは思うんです。お母さんも傭兵やってたけど、人との出会いで辞めれたって」
「それはふつうの人の話だ。俺の持つ異能力は年々強くなっていってる。フォアを維持しなきゃ暴発で死んでてもおかしくないほどにな」
「なんでも具現化できるってやつですか?」
「ああ。フォアが言ってたが、実感したよ。便利過ぎるには、丁度いい制限さ」
「そんなこと……」
「それに、こうして人の役に立ってはいるんだ。やめる理由がない」
「……そうですか」
「その口調、フォアに似ててなんか腹立つからやめてくれるか?」
「ええ! でも、敬語じゃないと落ち着かないと言うかなんというか」
「細かいことは気にすんなよ。それより、いいのか?」
「え、あ、宿題! やらないと!」
「ご飯もな。今日は俺も食べてくから。電話借りるぞ」
「弟子さんにですか?」
「ああ。あいつ、なんだか俺のこと心配してるからな。細かいことなんて、気にすんなってのにな」
ボソリと告げながら、シーザライズさんは電話をかけていた。
その後ろ姿を眺めつつ、今日のご飯は何にするか、考えるのだった。
「あー、フォアさん、もう大丈夫ですか?」
「うん、でもフォークくんも気をつけるんだよ?」
朝陽が眩しい朝食時。
不意に、電話がけたたましく鳴った。
「どうしたんだろう?」
「フォアさんは食べてていいよー」
と言って、ぼくは急いで何度も鳴る受話器を取った。
「あ、おはようございます。フォークです」
『フォーク、ルル来てないか? 見てないか?』
「ううん? 今家だし、いないよ。どうしたの、クッキー。連絡網?」
『違う。ルルが昨日から家に帰ってないって』
「え!」
『それに……ああ、お前、兄に話聞け! いいな!』
一方的に荒々しく、通話が終わった。
「クラスメイトさん、いなくなったのかい?」
「フォアさん? 何か知ってるの!」
「ううん。でも、わかることはある。きみはキルストゥとして、学校に通ってたよね」
「つまり、キルストゥとしてのぼくを狙ってる?」
「その可能性が非常に高い。それに、昨日ぼくは『神』に会ってる」
「え……あ、だから、外に出たんだ」
「うん、察しがいいのはいいことだ。それで。もしかしたら、その子、誘拐されてるかもしれない」
それを聞いて、ぼくの胸はぎゅっと辛くなった。
「可能性の話だよ。それに、ツキさん、帰ってきてないよね。ちょっと待って、シーザライズと中央司令部に行って欲しい」
「シーザライズさんが、関わるような事件なの?」
「誘拐の可能性が高いから。リタルさんたちにも連絡しておくから、とりあえず、朝ご飯食べてて!」
言うと、フォアさんの行動は早かった。
それを見つめながら、ぼくはルルの笑顔がまた見れることを願いながら、味を感じないで朝食を終えた。
「グランニール大将、ツキ・キルアウェート軍曹、参りました」
数時間の仮眠をとった後のツキは、放送で呼び出された大将の部屋で、敬礼した。
「今は、敬語はいい。階級も関係がない」
重く沈黙した声に、ツキはよくない気配を感じた。
「私に娘がいてな」
「はい」
「ルルという。キルストゥ時代からの、きみの弟くんの同級生だ」
「えっ」
その事実を知らなかったツキは、しかし、呼び出された理由に感づく。
「ボディーガードもつけていた。だが、彼らは気絶させられ、路地裏に転がされていた」
「――誘拐、ですか」
それで、なぜわざわざ呼び出されたのか、ツキには理由がわからなかった。
「心当たりはあるのですか?」
「敬語はいいのだが。犯人から直接電話が来たよ。軍に内通者がいるようだ」
そう言い、顎髭をなでた姿は、焦燥しきっていた。
「ツキ・キルアウェート。すまない」
そう言って、彼は軍支給の拳銃を取り出した。
「あの、ここ、軍内部ですよ? わかって、ますよね」
こんな部屋で発砲したら、内部に銃声が響き渡る。
「ああ、わかっている。だがな、きみが死んでくれなければ、娘の命が危ない」
淡々と、死刑宣告をされ、ツキはあの日を思い出した。
他国の軍人に襲われた日のことを。
「オレは、死ねません」
「娘の命の方が、大事だ」
「犯人は、キルストゥだから殺せといっったんですか?」
「娘の命を預かっている。キルアウェート兄弟を殺せば返す。期限は今日中だ」
娘のためならなんでもする。
「あなたほどの人なら、軍を動かして娘さんを探すってこともできましたよね?」
「軍内に内通者がいる。下手をすれば、ルルが死ぬ。それだけは、親として防がねばならない」
「守りたい気持ちはわかりますが、先に犯人の居場所を探るほうが――」
頬を、銃弾がかすめていった。
そのことに目を見開いて、ツキは唾を飲み込んだ。
このままじゃ、殺される。
悪寒が背筋を駆け上る。
「お喋りはここまでだ。すまない、恨みはないが、死んでくれ、キルアウェート軍曹」
かちゃりと、引き金が引かれる。
覚悟を決めたこの人には、敵わない。
それでも、まだ――死ぬわけには行かない、とツキは大将を睨み付けた。
瞬間、爆音が二人の鼓膜を叩いた。
「はいはーい、面白い話をありがとう、大将」
「あなたは……。カーテンコールもとんだ隠し玉持ってるものね」
聞いたことのない声に、ツキは咳をしつつ顔を上げた。
天井をぶち抜いて降りてきたのは、二人の軍人だった。
壊れた瓦礫も煙も気に掛けることはない。
「スピードスター! それに、なんのつもりだ?」
「上官が間違った道を行きそうになったら、止めるのは部下として当たり前じゃないですか」
ない胸を張った彼女は、ツキを横目に見た。
「あまり通信課にはいかないから知らなかったけれども、へぇー、けっこう格好いいじゃない」
「止めるな、ウル。こうなったら、全員――」
「へぇ、『神』でもないのに殺すなんて、無理ですよ、大将」
ばんっと銃がはたき落とされる。
少年に見えるスピードスターは、『神』だ。
それも、対人戦闘において、銃弾よりも速く動く。
そんな化け物相手に、大将はしかし、隠し持っていた暗器のナイフを彼の顔へ放つ。
「あんまり、今の暗部を甘く見ないでもらいたいね」
ナイフを握りしめ、止めながらスピードスターは笑う。
「大将、気持ちはわかりますが、娘さんは助かります。というか、相手はあまりにも軍を甘く見すぎている」
「違う、軍が甘く見すぎているんだ!」
「相手は黄金とでも? わぁ、楽しそう。ネームレスやベルドルードたちじゃ、太刀打ちできないけど……」
「なんで、そこでオレを見るんですか?」
「キルストゥで『星座』からも帰ってきた人間を頼らないほど、無能じゃないんだよ、ぼくはね」
ぎらりと、猛獣のような光を目にのせて、スピードスターは口角を上げた。
「さて、大将も仕事どころじゃないんじゃ、付き合ってもらうよ。まあ、階級下がるかもしれないけれど、人殺しになって幻滅されるよりはましでしょ」
「――どこまで知っているんだ、きみたちは!」
「いやー、ウルもちょっと胡散臭いと思うんですが、傭兵が居場所を知ってるらしいんですよー」
「なんだと!」
「なので、これから直接ウルとスピードスター、そしてキルアウェートは行きます」
「え? オレも?」
「あはは、当事者なんだし、あの『神』を滅ぼせるんだから、キルアウェートは死なない程度に引っ張っていきます」
大将は苦い顔をして、キルアウェートを見る。
ツキは殺されかけて、けれども助けられ。
どう言葉をかければいいのかわからないまま、ウルに背を叩かれる。
「親馬鹿な上官を持つと、副官は大変なんですよ? では、ルルちゃん救出作戦、行きまーす」
「あははっ、大将はそこで見守っててよ。どうせ、これも相手のプランB程度のことだろうしね」
スピードスターは呆然と立ち尽くすグランニール大将を残し、ツキを背負う。
「おい」
「背が高いと重いねー。んじゃ、ウルさん行きますか」
「はい! シーザライズさーん、案内よろしくです!」
銃声と轟音に集まってきた軍人たちの合間をぬって、スピードスターとウルは駆ける。
『場所はわかった。司令部の外で合流次第、リタルたちの応援に行く。そっちは守り抜けたんだな』
「ネームレスが上手く誘導したからね」
「キルアウェートくんはよくわからないだろうけど、昨日フォークくんのお友達が誘拐されちゃって」
「その時の会話を元軍人が盗聴しててね。情報屋と暗部に情報を流したの。極秘にねー」
ひらひらと手を振りながら、ウルは大将に笑いかける。
「大丈夫です。『神』相手でも、こっちは切り札いますから」
と、駆け出したスピードスターの後を追って、彼女は背を向けた。
「まったく、相談くらいしてくれてもいいのに。そんなに信用ないかなー」
恨み言を吐きながら、ウルは集まってくる軍人たちに逆らって外へ向かった。
南区の倉庫が広がる一角の倉庫の中に、彼らはいた。
「さて、彼女の目的がキルアウェート兄弟の殺害にあるとすると、私はどの位置にいる、か」
刈り上げた黒髪の男は、紐で縛り付けた少女、ルルを見てため息を付いた。
「あの女より先手を打って良かったな。万の怨念を食らった『神』なぞ、いないにこしたことはない」
軍服に身を包んでいる男は、少女の側に置いた爆弾を見て、息をつく。
生を諦めてない目だ。
「いい目をしている。伊達に大将の娘ではないか」
だが、と彼は積荷の一つに腰掛ける。
「おれが負けることは確定済みだ。だが、こちらもただで死ぬわけにはいかん」
「それで、キルストゥに恨ませる、ということですね」
正々堂々、倉庫のドアをくぐってきたのは、年端も行かぬ少女だった。
「――誰だ?」
「魔に名乗る名などありません。ここで、その子を助けます」
すっと腰から取り出したナイフを構えると、少女は広い倉庫を疾走した。
「『全ての神は魔に通じ、我らが血を蹂躙する』」
祝詞が、ナイフを包み込む。
「いいのか? この人質が死ぬぞ?」
それでも止まらない疾走に、男は気付く。
ああ、時間をかけすぎた。
「リタル、爆弾の処理するぞ!」
いつの間にいたのか。
屋根伝いに、クルアがリタルに抱きかかえられて降りてくる。
「暗殺者Xとその情報屋か」
「爆弾、あいつの意思で自由に爆破できるタイプだ!」
「そうさ――悔しいが、あの女のために、ご退場願おう」
「『四肢が散る様はなんと美しかっただろう――』」
少女の祝詞と、男の起爆スイッチが重なる。
――爆発が、倉庫内を満たした。
「間に合わなかったか――?」
元暗部にいたクライスたちの父のほうのベルドルードは、聞こえてきた爆音に嫌な予感を覚えた。
日の光が入らない中、鼓膜に響いたそれに、歯ぎしりをする。
「これでは――」
『――、神々の遺産を、甘く見すぎたな、『神』様よぉ』
倉庫内は単純な爆発によって、酸素が薄くはなっているものの、縛られた少女も、男の心臓にナイフを突き立てた少女も、神々の遺産という反則技を持つ暗殺者と情報屋も、誰もが傷一つ負わなかった。
「『此方へやってきた彼岸よ、今その道を示そう』」
キルストゥの少女は、最後の言葉を言い終えると、ナイフから手を離した。
「ああ……何が、あったんだ?」
軍人の『神』が、消えていく身体を前に問う。
「『神』の力を封じた、『神』が死後残すもの。それが神々の遺産で、集めているものだ」
「だからといって、この爆発に耐えられるわけがない。少なくとも、人は」
「なら、『神』になればいい。一時な」
男の『神』は、瞠目し――笑った。
「敗因は、時間をかけすぎたこと、だ、った――」
「まあ、他にもいろいろあるがな」
クルアは笑うと、リタルから降りる。
そしてルルの元へ向かう。
「立てるか?」
「はい……あの、縄、なくなっちゃってますけど……」
「いや、倉庫内丸ごとなくなるようなもん使ったんだからな。ちゃちな縄焼け切れて当然だぞ?」
それを聞いて、ルルの目は丸くなった。
「え?」
「おれの神々の遺産の能力さ。こんな惨状なのに、肺も頭も無事だろ?」
「えっと、その」
ルルは状況が理解できず、爆発で煤だらけの倉庫を見渡した。
呼吸も普通にできる。
不思議すぎて、目をパチクリと繰り返すので精一杯だった。
だが一転、不審な男二人――リタルとクルアを見上げる。
「深く考える必要はありませんよ。世の中、おかしなことばかりですから」
リタルはそう言うと、ルルを抱き上げる。
「しかし、クルアに情報を流した相手、誰なんですか?」
恐縮しているルルを優しく抱き上げながら、彼らは傷一つないまま会話する。
「そこのキルストゥのお嬢さんも。目的が一緒でしたら、怖い目で睨まないで欲しいのですが……難しいですかね」
「あなたたちこそ。誰?」
「私はリタル。こちらがクルアです。キルアウェート兄弟を守っています」
その瞬間、リタルはにこにこした笑みを崩さず、首筋に当てられたナイフを避けることをしなかった。
ルルが息を飲む。
「あんたたちが……キルストゥを、罪人に仕立て上げた――」
「真実を知っているのですね」
ナイフは依然、彼の首筋に当てられたままだ。
だがそれでもリタルは動じない。
「八つ裂きにしてもこの怒りは消えない。両親もここに逃げてきた。皆、苦労している。のうのうと生きてる情報屋たちのせいでね」
「……なら、ここで無駄に同じ人殺しになりますか?」
言われて気付いたのか、少女はルルの目に怯えが混じったのを感じ取った。
「――ならない。決めたの。青と赤のキルストゥ様を守ると。ウルのためにも」
「ウル?」
「軍人だ。このルルって子の親の副官。暗部にも関わりがある女軍人だな」
「さすが情報屋さん、ね」
「これでも死線くぐってんだ。あと、この神々の遺産、貰っとくわ」
さりげに、男軍人の立っていた場所に落ちていた腕輪を拾う。
「クルア……あまり、人の手でそれに触ると縁起が悪いですよ」
「……緊張感のない人殺し」
「でも、クルアがいなければ爆発で亡くなってましたからね」
「どんな生き方をしたら、全員を爆発から守る魔法じみたことができるの?」
「それが『神』の残した遺産の能力だ。けっこう疲れるけどな、このモード」
「不死身の情報屋、なんて昔言われてましたね」
「あの、その……助けて、くれたんですか?」
おどおどと、ルルが勇気を振り絞って告げる。
「ええ。ただ、お父さんがどう思うか……気がかりですね」
「キルストゥ様ご一家の名はちょっと調べれば誰でも手に入る情報です」
「――じゃあ、こういうことにしておけばいいんじゃないか?」
不意に、閃いたクルアが神々の遺産を手に、怪しく笑う。
「軍の暗部――今回の協力者にも手伝ってもらおう。そうすれば、万事解決する」
「こうやって、テレビで自分の顔が別人に差し替わられるの見ると、びっくりしちゃうなー」
「完全に解決ってわけじゃないだろうが、確かに他人の空似程度の効果はありそうだな」
と言ったのはシーザライズだった。
「ぼくとお兄ちゃんの代わりの架空の人がいて、その人達を国外に逃亡させた。ここにいるのにねー」
「『神』の連中がわんさかレジーナに来てるんだ、少しでも止めれればましだろ」
「でも、よく上手く情報操作できましたね。タレコミといっても」
キルストゥの少女は、目を丸くしてテレビを凝視していた。
「軍の暗部の協力の元だ。そういや、ルルの親、軍人やめたんだってな」
「責任感の強い人だったからねー。止めたんだけど、まあ、次の就職先も決まったみたいだし、良かったじゃない」
「カーテンコールの差し金じゃないよな? ウルったら、あのウルだろ?」
「シーザライズ、今回何もしてないあなたが言うことじゃないよー」
「あの、あなた方は……?」
フォークは面識がまったくないウルと少女を見て、尋ねた。
「ウルよ。一応中将で、グランニール元大将の副官もやってたわー」
そして、彼女はキルストゥの少女の背を押す。
「タチアナ・リリィレリーフと申します。キルストゥが本名ですが、理由はおわかりだと存じ上げます」
「えっと、ふつうにしていいよ。ぼくは――」
「フォーク様。ツキ様。護衛には十分恵まれているとお見受けしましたので、引き続き、わたしは魔殺しを続けたいと願っております」
「えっと、オレたちはそんな偉い身分じゃないから、様とかかしこまる必要はないよ」
「いえ、青と赤のお二人の前に、恐れ多い」
こりゃだめだ、とツキとフォークは顔を見合わせた。
「ええっと、タチアナちゃん、そしてウルさん、助けてくれてありがとうございました」
「いえ、これも仕事のうち。ねぇ?」
「はい、ウル。キルストゥ様方が少しでも快適に過ごせれば、それ以上の幸せはありません」
やっぱり変わってる子だな、と一同は思い――。
それぞれの役割に、思いを馳せる。
「軍内部にも『神』はいますが、だいたいが暗部関係なのでそこはカーテンコールと協力して警戒しています」
「ああ、あの怖そうな人」
「ツキさんは知ってらっしゃるのですね。あと、そこの傭兵さんもご存知のようで」
「まれに仕事くれるいいおじさんだからな」
「ふふ、それなら軍内でああいった事態が起きないよう、表側でも見張りを何人か用意しましょう」
「えっと」
「通信課は変人揃いですが、盗聴等に関してはあなたのほうがお詳しいと思いますが」
「ってことは、今回はそこがMVPか?」
シーザライズの言葉に、ウルは首を横に振った。
「詳しくは言えませんが、民間でいらっしゃるんです。それで、納得してもらえると嬉しいですー」
「わかった。敵でないなら、これ以上は深く問わん。知ってもろくな目に合いそうにないしな」
ふふっと、子猫のようにウルは笑った。
「あの、でもどうしてオレたちにそこまでしてくれるんですか?」
「魔祓いのためです。最近のこの都、社会の裏ではキルストゥにご執着なところもあるんです」
「そこを殲滅するのも仕事なのよねー」
楽しげに、ウルは髪をかきあげた。
「だから、餌として使ってる部分もある。そして、あなた達はここ、故郷で生活ができる。いい関係でしょう?」
「でも、それじゃあ……」
「『神』と一口に言っても、別にキルストゥを狙うばかりでもないし、そもそもどうしたらいいかわからず怨念が果たされて消える者もいるのー」
「害がない『神』もいるってこと。……それでも、やっぱり殺さねばならない者はいる。それは本来ならキルストゥの仕事」
「あとは王族の生き残りを探してるの」
「生きてる奴がいるのか……まあ、確かに一人で殺し尽くせるとは思わないが……」
シーザライズの問いに、ウルはくすりと笑った。
「本物の王家の血を引いて、生きてる人がいる。逃げおおせてきたみたいだけど、どこにいる誰かまではわからないのよね」
「必ず探し出して、キルストゥを目障りに思った貴族連中を皆、牢獄送りにしてみせます」
「目星ならついてるぞ?」
と、口を閉ざしていたクルアがさらっとタチアナらを見た。
「え?」
「そんな」
「確証はない。だから、時間が欲しい」
「……わかったわ。とりあえず、ツキ、ルル、タチアナ。ウルと一緒に軍に戻りましょうか」
「え、でもまだこの人達とは話があります。シーザライズたちを放置するんですか!」
「気持ちはわかるけど、彼らがフォークくんとか守ってるのは事実よね」
「え、あ、はい」
「なら、タチアナもわかってくれるって信じてる。そう、人は信じる事が大事なのよ?」
大げさに言いながら、ウルはタチアナの背を押す。
「それじゃあ、何かあったらまた来るわねー」
「いや、来なくていい――いてっ」
「シーザライズ、そういう言い方よくない」
と、隅にいたフォアが彼の頭を叩く。
「今は信じよう。敵だったら、その時考える」
「あなた……いえ、フォーク様のお知り合いなら、害はなさそうです」
「んん?」
「いえ、失礼いたしました」
「ま、それじゃあ、軍へ戻りましょうか。これは、軍内部でも問題になるしー」
んーと、顎に指先を当てて、ウルは笑った。
「ルルのお父さん、まだいるだろうから、激励にもいかないとね」
と、締めくくった。
軍内での出来事は、賊が軍人に化けて逃げた、ということで収束していた。
ルルが無事に姿を見せたことで、グランニール大将が落ち着いたこともあり、真相は闇に葬られることとなった。
「良かったんですか、これで」
「表沙汰になって、大将が人殺しになった、なんてスキャンダルよりはけっこうましな結末よ」
ウルはタチアナを屋根裏に忍ばせ、会議室の一つで息をついた。
「まあ、大将の部屋はしばらく使えないし、軍の信用はちょーっと落ちたかもしれないけれど」
元副官は笑顔を絶やさぬまま、始末書と向かい合う。
「ルルは、しばらく学校に行けない……と聞きました」
「弟くんは寂しがってたでしょうけど、暗部の者が彼女の護衛についてるし、しばらく大丈夫。なにせ、『神』だし」
「そうなんですか?」
ツキ・キルアウェートが目を丸くして、彼女を見やる。
「犯罪者食らうのが良いっていう変人の軍人よ。何年もいるベテランの味方だから、間違っても浄化しないでねー」
「いえ、その、浄化と言われてもオレは良くわからないんです」
「……目覚めてないのか。なら、あいつにとっては好都合ってやつね」
はぁ、とため息を一つつくと、彼女は微笑した。
「で、オレは仕事に戻れってことで呼ばれたんですか?」
「いえ……暗部に置くわけにはいかないし……ふむ。困ったわね」
「通信課のままのほうがいいのではないでしょうか。暗部の人が多いと聞きますし」
「よねぇ。あっちもこっちの事情はわかってるでしょうし。ってことで、とりあえず聞き取りねー」
「え」
「グランニール大将があなたを呼び出したの、軍内の皆が知ってるんですものー」
形だけでもとっておこう、とウルは笑う。
「なーに、些細なこと些細なこと。まったく、本当なら黒幕でも捕まえて欲しいくらいなのにねー」
ツキは申し訳無さそうに頭を下げる。
「あ、今のあなたへの言葉じゃないから。気にしないで」
あの人は、とウルは密かに、こちらの司令塔を務めた元軍人のベルドルード元中将を思う。
息子さんと娘さんが入ってるとはいえ、鍛えてるわけではないらしい。
(娘さんが凄腕のハッカーで表に置いとくのはわかるけど、お兄さんを暗部に入れるって何を考えてるのかしらねー)
そわそわしているツキを尻目に、ウルは思索にふける。
元暗部の元締めでもあった、今は在野で情報集めに奔走する、男を。
(まったく、いつか愛想尽かされればいいのに)
思い出にあるベルドルード元中将を思い描きながら、ウルは次は誰の副官になるのか、ため息をついた。